CEDEC2009 講演要綱
【タイトル】 「生態学的ゲームAI基礎論」
「ゲーム開発技術の歴史を編纂する」 内 講演(50分)
【講演者】 三宅 陽一郎(y_miyake(あっと)igda.jp、y_miyake(あっと)fromsoftware.co.jp)
【講演URL】 「ゲーム開発技術の歴史を編纂する」
http://cedec.cesa.or.jp/2009/contents/prg/pg_1040.html
AI・プロシージャル講演シリーズ
http://blogai.igda.jp/article/31493508.html の最初の講演になります。
【日程】 2009年9月1日(火) 11時20分〜12時20分
【場所】 パシフィコ横浜 会議センター
【主旨】これからのゲームAIの新しい基礎を提供し、
製作工程にどう活かして行くかを解説します。
ゲームAIの基礎論を含みますので、
かなり抽象的な議論も含まれます。
これからのゲームAIの基礎の話です。
もちろん、技術的な内容もあります。
【KeyWord】エージェント・アーキテクチャ、バイオフォリア、メカフォリア、
アフォーダンス、環世界、マクルーハン、テトラッド
【対象】プログラマ・ゲームデザイナーなど。特に制限なし
【前提知識】 必須ではないが、
デジタルコンテンツ制作の先端技術応用に関する調査研究報告書
2007年度版
http://www.dcaj.org/report/2007/ix1_07.html
2008年度版
http://www.dcaj.org/report/2008/ix1_03.html
のAI章(三宅)を読まれておくことが望ましいです。すいません。
【概要】
1.はじめに
ゲームAIの歴史は、
@ パターンAIの時代(80年代〜現在)、
A アルゴリズムAIの時代(90年代前半〜現在)
B 構造化AIの時代(90年代後半〜現在)
C エージェント・アーキテクチャの時代(00年代〜)
として、各時代で勃興した手法が、耐えることなく多層的に共時的に
流れていることで構成されています。

この次の新しい流れとして予想されるのが、
D 生態学的AIの時代
です。今回の講演では、「生態学的AI」の理論と手法について、
解説します。

生態学的AIとは、AIを構造的に考えるだけでなく、
AIが属する環境と共に考えて行こう、という方向です。
(これに対して構造的AIとは、一から原理によってAIを構成しようとすることです)
そういった環境と生物との関りは、長い進化の中で、
我々の無意識の内に形成されています。
人工知能と言えば、意識化された知性が注目されて来ましたが、
実は、最近は、「無意識に蓄積された知性」の方が、ずっと大きく、
基礎的であることがわかっています。
そして、これからのゲームAIも、この部分を無視することなく、
真面目に実装して行くことで、
これまでのAIより、より大きく多様な基礎を獲得することが出来ます。
そして、そういった知見は、AIや心理学の学術的研究で蓄積されて来ました。
この講演では、基礎的な概念を説明し、そこから、
それらをゲームAIへ応用する橋渡しをしたいと思います。
2. バイオフィリア
バイオフィリアとは
「生物がその知覚において生命と非生命を区別し、無意識にうちに、
生物を嗜好する傾向」
のことです。生物というのは、植物と動物を含みます。
これに対してメカフィリアとは、無機的な機械を好む傾向のことです。
このバイオフィリア、という視点、或いは、バイオフィリア、メカフィリアという対立から、
ゲームを見ると、ゲームデザインのいろいろな面が見えて来ます。

例えば、われわれは、なぜ、ゲームのNPCに知性を求めるのか?
(生命に対する嗜好)
なぜ、ステージ内に、森や湖、クリーチャーなどの自然物を求めるのか?
(植物、動物に対する嗜好)
また、スーパーマリオなど、ステージクリア型のレベルデザインでは、
無機的なデザインと有機的名デザインのくり返しから形成されるのか?
「テトリス」と「ぷよぷよ」のデザインの違いは何か?
(メカフィリア、バイオフィリア)
など、普段、デザイナーや無意識に行なっていること、ユーザーが無意識に感じていることに、
うまく説明することが出来、これからゲームデザインを考える上で、キーコンセプトの
一つになると思います。
3.アフォーダンス
「アフォーダンス」とは、その環境がその生物に許す行為のことです。
「アフォーダンス」(affordance) の「アフォード」(afford)とは許すという意味で、
「アフォーダンス」は、その生物の取り得る行為から切り取られた環境の情報の総体を指します。
例えば、HALOというゲームでは、各オブジェクトにAIが取り得る行動(=アフォーダンス)の
情報が付与され、AIは、そのステージに入ると、全オブジェクトのアフォーダンス情報をまず収集
(リスト)し、そこから、最適な行動を選ぶという思考が組まれています。
こんな簡単な仕組みですが、このおかげで、AIは、「道具を使った賢明な行動」を
自然に取ることが出来るようになるのです。
ゲームとアフォーダンス
http://blogai.igda.jp/article/31070873.html
しかし、アフォーダンスは静的な情報ではありません。キャラクターの現在の状態によって
変化する動的な情報です。

例えば、落とし穴があったとします。通常は、これを飛び越えることができる、
というアフォーダンスがあります。しかし、負傷しているときには。
このアフォーダンスは、飛び越えることができない、に変化するのです。
AIは、こういった変化するアフォーダンスを追いつつ、行動を決定する必要があります。
HALOであれば、動かすことが出来る車は、ユーザーに奪われた段階で、動かすことが
できない車、になります。
知識表現+世界表現は、通常は変化しない情報でした。
少なくとも、AIの内部状態には関係ない、外部の環境情報でした。
アフォーダンスは違います。アフォーダンスは、AIの状態によって変化します。
「知識表現+世界表現+アフォーダンス」
この3つの情報を活用することが、NPCの行動を高度化する鍵になります。
では、この3つの情報を包括する空間とは何でしょうか?
それが次に紹介する環世界になります。
4.環世界
我々、動物は、決して世界そのものを知覚しているわけでありません。
例えば、我々は、自分の眼の知覚する波長領域しか見ることが出来ませんし、
耳もまたそうですし、それ以外にも、無限とも言える環境情報の中から、
必要な情報だけを集めて、自分の主観的世界を構成しています。
このように、各生物が、それぞれ主観的に構成する世界のことを環世界と言います。

それぞれの生物が、イタチが、ニワトリが、カタツムリが、ミミズが、人間が構成している環世界は、
研究によって、全く違うものであることが知られています。
そして、この環世界の差こそが、動物の行動に大きな違いや決断を生み出しているのです。
例えば、ニワトリは、どんなに雛が困っている姿を見ても、その声が聞こえなければ、助けに
行くことはありません。逆に、声さえ聞こえれば、姿は見えていなくても、助けに行こうとします。
ニワトリの環世界は、音声に拠るところが大きいのです。
また、イタチは動かない獲物を知覚する力がありません。たとえ、よく知っている獲物でも、
動かなければイタチに襲われることはありません。しかし、僅かでも動くと、そこから、
イタチの環世界に捉えられて、追われることになります。
また、人間は、18分の一秒以上を、知覚することは出来ません。例えば、一秒間に、
18回以上、同じ箇所を叩かれても、ずーと押されているようにしか感じません。
人間の環世界の一瞬とは、18分の一秒以上ではないのです。
* * *
環世界は無意識で構成されます。実は、動物が持っている知性の殆どは、
この環世界の中に埋め込まれることで存在します。
それは普段意識されないので、わかりにくことです。
例えば、我々は建物の側面だけを見て、その奥行きが見えてなくても、
創造することが出来ます。もし、回り込んで、それが表面しかない、
ハリウッドのビルボードのセットであったなら、我々は非常に驚くことでしょう。
それは、とりもなおさず、人間の環世界が、無意識に、建築の前提を含んで
認識しているからです。
このように、無意識が構成する環世界は、
実に様々な環境の前提を、補完し含んでいるからに他なりません。
* * *
NPCは、ゲーム世界から、環世界を切り取ります。
この環世界には、NPCが必要とする情報が含まれ、かつ、
アフォーダンス情報も含まれていなければなりません。
また、通常、われわれが自分の行動を想像するように、
自分の行動もシミュレーションできなければなりません。
この同じゲーム世界を、ゲーム・プレイヤーも知覚します。
そして、ゲーム・プレイヤーも、ここから独自の環世界を切り取ります。
NPCとユーザーは、同じゲーム世界から別々の環世界を切り取るのです。
ユーザーが知性として納得できる行動を取らせるためには、
NPCの環世界をある程度、ユーザーの環世界に近付けておく必要があります。
5.ゲームとは何か? ゲームAIとは何か?
我々は、自然から人間のために、都市を作り、さらに、そこからバーチャルな空間へ、
より安全な世界を求めて、内へ内へと移動して来ました。

ところが、バーチャルな世界では、原初のさまざまな衝動や感覚が復元されます。
これは、マクルーハンのテトラッドの形式をゲームについて考察の帰結の答えとして、
自分は考えます。

その中でも、生物への嗜好、バイオフォリアは、ゲーム世界の中に、再び、
自然や生命が再現されることを望みます。
マップとオブジェクトに、AIが参加することで、初めてゲーム内に「状況」(シチュエーション)
を産み出すことが出来ます。
@ 場 マップ (Field + Space)
A 場 + オブジェクト レベルデザイン (Level Design)
B 場 + オブジェクト + AI 状況(Situation)
そして、ゲームAIに求められ来たのは、単に賢いAIではりません。
生物らしい生物です。そして、それを実現する鍵が、生態学的なAIにあるのです。
くり返しますが、
生態学的AIとは、環境との相互作用の中でAIを捉えることです。
(これに対して構造的AIとは、一から原理によってAIを構成しようとすることです)
そして、そういった環境との相互作用を制御する知能は、
諸感覚の情報を統合する無意識によって、環世界として構成され、
意識に知覚されるようになります。
同じようにAIも、そういった環世界から知性を構成することで、
より環境に含まれ、相互作用するAIとしての機能を発揮できるようになるのです。
6.現代人の総合的環世界
今度は、もう少し広い視野で、人間の環世界を見てみましょう。
人間の環世界は、もはや動物のように、自然の環世界だけではなく、
複雑な環世界を構成しています。ここでは、簡単のために3つの環世界を考えます。
@ 生物的な原初の環世界
A 情報環(境)世界
B ゲーム環世界
Aは、この30年で発達した人間を取ります高度な情報環境に対して、人間が構成する
主観的世界(ネットにハイルとか、メイルをオクル、とか、ゲームにハマルとか、様々なメタファーも
この上に成り立ちます)です。
Bはゲームユーザーがゲームプレイによって構成する環世界です。
例えば、オンラインゲームの環世界は、@の生物的な環世界をさえ侵食する力があります。
かつて、A「情報環境世界」が弱く、Bゲーム環世界が強かった時代(1980〜2000年)には、
ゲームは本当に強い力を持っていました。しかし、この10年で、A「情報環境世界」は
圧倒的に大きくなり、強くなり、そこに含まれるBゲーム環世界は、相対的に力を弱めつつあります。
それはそれでいいという人もいます。
Bのゲーム環世界が強すぎて、オンラインゲームから離れられない人もいます。
一方で、ゲーム開発者としては、ゲームにユーザーを引き付ける力が弱くなっていることも
感じています。
では、ゲーム開発者は、ユーザーに対して、どのようなゲーム環世界をデザインし提供すれば
よいのでしょうか?
AIを含めて考えて行ければと思います。