2009年10月03日

ゲームデザインの2つの捉え方

@

自分はゲームデザインパターンは、
アレグザンダーのパターンランゲージ(建築)や、
 http://ja.wikipedia.org/wiki/パタン・ランゲージ


GoF(ソフトウェアのデザインパターン)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/デザインパターン_(ソフトウェア)


の分類という観点から行なっています(どちらかと言うと前者なのですが)。

それは、

げーむ ぷれいあびりてぃー (ゲームデザインを考えるサイト)の
 http://d.hatena.ne.jp/playability/

asato さんの

 ゲームデザインパターンについて考えてみる
 
  http://d.hatena.ne.jp/playability/20090919/1253354079
  http://d.hatena.ne.jp/playability/20091001/1254406632

も同じ立場に立っていると思います。


A
そして、もう一つの観方もできると思います。

以前、ゲームデザインについて語られた講演で、
ゲームデザインの系譜を、生物の系統樹のような、ものだとして捉えていました。

系統樹
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B3%BB%E7%B5%B1%E6%A8%B9

つまり、いろいろなゲームデザインは、生成し進化し変化する過程の
ものであり、それが、さまざまな時代の環境に対応して変化・適応・進化して行く、
ものであるとして捉えることです。

とすれば、ゲームデザインの分類というものは、
リンネや植物学者、生物学者、進化学者がしているように、
種や属を分けているようなものなのかもしれません。

とすれば、こういったゲームデザインの分類というものは、
ゲームの進化の系統樹であり、
その変化は、その時代時代の環境によって、適用し、
進化して来たものの、分化と発展、進化の過程と見なすことができます。

*   *   *

とすれば、現在、世界的に加速しつつあるインディーズゲームなども、
インターネットの普及、同人ゲーム市場の発展、iPhone、
米の景気悪化による開発者の流動、といった環境の変化に対するゲームデザインの適応であり進化であります。

このように、ゲームデザインというものは、
様々な時代時代の環境によって分化と進化をくり返して来たものと捉えることもできるかと
思います。

こういった見方は何より、時代の社会的な変化と共にゲームデザインを語ることを
可能にします。

もちろん、それを根底で動かす力は、生物が生きようとする力のように、
ゲームを愛し作り続ける、或いは、ゲームで儲けたい(^^)という、
強い意思であると思います。

*   *   *

前者は、俯瞰かつ抽象的な超時間的な見方であり、
後者は、極めて生成的な見方です。

前者は、純粋に抽象的にゲームデザインを一般的に捉えることを可能にし、
後者は、時間的な系譜において他の諸々の現象と共にゲームデザインを捉えることを可能にします。

前者はこれまでとこれから作られるであろうゲームデザインに対して、その分類を可能にし、
後者は、ゲームデザインを時間に沿って発展・生成を辿ることを可能にします。

前者は、ゲームデザインを独立した離散的なものとみなし、
後者は、ゲームデザインを時間的に連続的なものとみなします。

もちろん、どちらが正しいというものでもなく
所詮、見方というもの自身が一つの方法論であって、
ゲームデザインは、この二つの両極的かつ相補的な見方によって、
探求して行くことができると思います。

長文、失礼しました。


[参考]
アレグザンダー「オレゴン大学の実験」「まちづくりの新しい理論」(SD選書)鹿島出版会

posted by miyayou at 02:52| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
前者は、俯瞰かつ抽象的な超時間的な見方であり、
Posted by fake gucci at 2014年08月04日 17:58
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